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健康経営企業による悪意無き「健康監視社会」のディストピアとは - ITmedia

 わたしたちの気分の移り変わりや、上司や同僚とのコミュニケーション頻度、ここ数年の栄養状態や運動量などから導き出される健康リスク……。それらのデータを企業が積極的に収集・分析して、個々の社員のポテンシャルや将来性を見極める材料になったとしたらどうでしょう? 

 これは荒唐無稽な話などではなく、今や技術的に可能なプランであり、企業側がゼロリスクを目指すのであれば、非常に魅力的な予防策にもなり得るのです。

photo 企業の「健康経営」の重要性が高まっているが……(写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

生体情報とは「身体の内側」にあるプライバシー

 近年、健康経営がクローズアップされており、大企業を中心に「ヘルステックス」的な取り組みが進んでいます。ヘルステックとは、病気の予防や健康管理などのヘルスケアとテクノロジーを掛け合わせた概念のこと。

 例えば腕時計型のウェアラブル端末の場合、GPSや加速度センサー、ジャイロセンサーから「歩行距離」「位置情報」「消費カロリー」などが分かります。他の技術の活用で「心拍」「脈拍」「体温」「睡眠時間」などもリアルタイムで把握することができるようになります。

 企業はこのような端末を社員に貸与することで、健康診断や産業医面談などで得られない健康情報を取得することが容易になり、急病やケガはもとより潜在的な病気の兆候を掴(つか)んだり、生活習慣病の発症を未然に防ぐ取り組みの検討にも役立ちます。これは、建設業などの大規模な現場から広大なオフィスに至るまで、マネジメントする側の企業にとっても、働く側の社員にも大きなメリットがあるといえます。

 しかし一方で、プライバシー上の懸念も指摘されています。生体情報とは「身体の内側」を覗(のぞ)くことに他ならないからです。

 2019年9月、東急不動産ホールディングスと東急不動産が新本社「渋谷ソラスタ」で、社員の頭部に脳波測定キットを装着して働かせる実証実験の様子が報道され、ディストピア的な監視社会のイメージを抱いた人々の間で、ちょっとした炎上騒動に発展したりしました。もちろん企業側に悪意はありません。「ストレス度」「集中度」など5つの指標を可視化することが目的であって、職場環境改善を広くアピールする手段の一つでしかなかったと思われます。

 健康経営を謳(うた)う大半の企業は、健康リスクの最小化こそ望んでいます。労災、医療費などといったコスト面の問題だけでなく、ベストコンディションを作り出す心身の健康の最適化こそが、労働生産性を高めるための前提条件にもなっているからです。

 けれども、その副産物は予期せぬ潮流を作り出すかもしれません。

生体情報が人事管理に使われる!?

 睡眠障害やうつなどの疑いがあるメンバーをプロジェクトから外すようなスクリーニングとして用いられかねないほか、喫煙や食習慣といった個人の嗜好に関わるライフスタイルを能力発揮の観点から分析・矯正するツールにもなり得る懸念があるからです。

photo 従業員の精神状態を企業が重視する未来も……?(写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

 仮に、同僚より偏食気味でへビースモーカーだったり、ストレス度が強めに検出されたりした社員がいたとします。健康診断の結果などに取り立てて問題がなかったとしても、経営層や人事が、ウェアラブル端末から得た長期間にわたる膨大な生体情報を、彼の担当配置を決める上でのいち要素として考慮に入れない、とも限りません。例えばこの社員の通常業務には全く問題が無くとも、身体的・心理的に負荷の高い重要業務に就かせるかどうかの判断では、こうした「数値上の潜在リスク」に目が行く管理職もいるのではないでしょうか。

 実際問題としてこのような利用の仕方は可能なのです。プレゼンの際にバイタルが落ち着いており、上司との接触時間が多く、週3回以上の有酸素運動の習慣がある人ほど成長する――そういった詳細な生体情報と仕事のパフォーマンスの相関関係が明確になれば、企業はまずそれを研修プログラムや支援メニューに組み込もうとするでしょう。

 いくつかのテック企業では、ウェアラブル端末による「感情分析ソリューション」がすでに実用化されています。いわゆる「感情の見える化」です。あるソフトでは、感情履歴と業務履歴を突き合わせることができます。これら全てのデータをフル活用すれば、健康情報の裏付けに基づく仕事の処理能力や信頼度などから、優秀な人材モデルを構築することも恐らく不可能ではありません。そうなると、最悪の場合、個々の生体情報の解析をベースにして社員が階層化される恐れが生じます。

 このような事態を招きかねない傾向は、コロナ禍によって拍車が掛かることでしょう。

 歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、国民の健康状態を知ろうとする各国政府の動きを踏まえて、それを「体外の」監視から「皮下の」監視への劇的な移行を意味していると警告しました(Yuval Noah Harari: the world after coronavirus/FT)。

 コロナ禍が長期化する今、企業が従業員の体調を把握することはもはや必須科目になりつつあります。そして、ウェアラブル端末があれば煩雑になりがちな管理を一元化できるというわけです。

明らかな命令・強制は無いものの……

 感染症といった公衆衛生の危機が今後も断続的に発生することを考慮すると、少なくない企業でデジタルデバイスを使った生体情報の取得が日常化していくことは想像に難くありません。それが実は前述の良いシナリオも悪いシナリオももたらし得る多くの可能性を開示するのです。

 先進的な企業ほどこのような選択肢を回避することは難しいでしょう。

 ロンドン大学ゴールドスミス校のイノベーションディレクターのクリス・ブラウアーは、アスリートなどスポーツ科学における華々しい成果を念頭に、「われわれは近い将来、全ての目標達成を目指す分野で同じようなことを目撃するだろう。大半の分野で生じる可能性があるのは、ウェアラブルを義務付けるべきかという問題よりもむしろ、それなしに競争できるのかという問題になる」という意味深な言葉を残しています(どう扱う? 従業員のウエアラブル端末情報/WSJ)。

 そう遠くない未来にわたしたちはこんな光景を目にするかもしれません。

 能力向上やステップアップに、ヘルステックが必須化するにつれて、数多のアプリが周到に促す行動修正によって、知らず知らずライフスタイルが規定の範囲内に収まってしまう世界です。つまり、明示的な命令や強制は一切存在しないにもかかわらず、不健康な生活を送ったり精神的な退廃を来たさないよう、常時それとなくパターナルに微調整されてゆく世界です。

 とはいえ、こうせよ、ああせよとアドバイスする具体的な人物の姿はどこにも見当たらないことでしょう。それを支配するのは雇用主やテック企業ですらなく、恐らくは多様なデータを読み解く精緻なアルゴリズムなのです。

真鍋厚(まなべ あつし/評論家)

1979年、奈良県天理市生まれ。大阪芸術大学大学院芸術制作研究科修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。専門分野はテロリズム、ネット炎上、コミュニティーなど。著書に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)がある。


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