「冒険小説」と聞いて思い浮かべるのは何でしょうか。トム・ソーヤーの冒険? インディー・ジョーンズ? あまり聞きなれなくなってきた言葉かもしれません。
デビュー以来、日本人を主人公とする壮大なスケールの冒険小説を刊行しているのが、作家の福田和代さんです。1月には、自衛隊員・安濃将文の活躍を描くシリーズ最新作『生還せよ』が刊行されました。福田さんに、創作秘話を伺いました。
――福田さんはもともとシステムエンジニアでしたよね。そもそも冒険小説というジャンルに興味を持ち、自分にも書けると思ったきっかけは何だったのでしょうか?
福田:私の子ども時代は、冒険小説の黄金期だったんです。私が読んだのは中学生以降ですから、1980年代前半から1990年代にかけて、内外の冒険小説をワクワクしながら読みました。当時、アシモフやラリイ・ニーヴンらのSFが好きで、自分でもSFを書くために高校では理系に進んだのですが、途中からミステリー、特にハードボイルドと冒険小説に転向していったんですね。思えばSFが好きだったのも、たとえばC.J.チェリイの「色褪せた太陽」三部作のように、壮大な構想で描かれる宇宙を舞台にした冒険小説が好きだったからのようです。それで、子どもの頃から「お話」は書いていましたが、大人になって初めて完成させて新人賞に応募したのは、アマゾン川を源流付近から下りながらゲリラと戦う冒険小説でした。冒険家クストーの本から強い影響を受けていました。これが、あるミステリーの賞の二次選考を通過したので、なんとなく自分にも書けるような気がしたんですね(笑)。
――今回の『生還せよ』で「せよシリーズ」は三作目。福田さんの小説は、常にハリウッド映画のようなダイナミックな展開と共に、リアルな細部の情報が行き届いている印象があります。作品の着想はどこから得ているのでしょうか。
福田:たいてい、身近なところから着想を得ています。真夏に、自宅で五時間の停電を経験したことから『TOKYO BLACKOUT』が生まれましたし、自分の嗅覚が少し変わっていることから、『怪物』が生まれました。『迎撃せよ』は、2007年ごろに某国がミサイル発射テストを行うというニュースが流れ、市ヶ谷の駐屯地にPAC-3が配備された写真を見て、がぜんミサイル防衛に興味を持ちました。それが自衛隊の小説を書き始めたきっかけです。日本にいながら、自分が自衛隊についてほとんど知らないことに気がついたのです。『生還せよ』は、戦後七十年の節目に、日本軍の遺棄兵器の処理や今も各地に眠る兵士の遺骨のことを書こうと思いました。それを、できるだけ美化したり神格化したりせずに、冷静に書こうと。物語的には、前二作では主人公がひたすら事件に巻き込まれる話だったので、今作でやっと自立する話になりました。某ソフトバンクの産業スパイ事件が報じられましたが、ご存じのとおり、わが国は「スパイ天国」と揶揄されるくらい、スパイが暗躍しているとも言われます。『生還せよ』は、日本企業もからめつつ、シンガポールのカジノで軍事に転用可能な産業技術のスパイ事件が発生します。盗まれた情報とは、ドローンの遠隔操作に必要な画像分析技術に関するもので、テロリストはそれを利用して、ある××を×××としているのです! すみません、ネタバレ禁なので、伏せ字だらけで。
――退職願を持ち歩いていた自衛隊員が、あれよあれよと大事件に巻き込まれて3冊目。恰好良すぎないキャラクターも、作品の魅力の一つだと思います。
福田:私は「インフラシリーズ」と呼んでいるのですが、電気、ガス、水道、交通、通信などのほかに、安全保障もインフラのひとつだと思って、自衛隊を舞台に書いています。一般人にはお仕事の内容がよくわからないので、自分も取材して書くことで、こういうお仕事をされているのかと驚いたりしています。あまりお仕事について知られていないせいで、誤解を受けることも多い職業ではないでしょうか。
――『生還せよ』ではパキスタンも登場しますが、実際に取材で行かれたのですか?
福田:パキスタン、行きました! とても楽しい旅行になりましたので、この話を語ると長くなるのですが(笑)。テロが少しおさまったころに行ったとはいえ、さすがに1人旅は怖かったので、ツアーに申し込みまして。ところがツアーなのに客がわたしだけでした! 運転手さんと、日本語ぺらぺらの現地ガイドさん、車付きの大名旅行となりました。おかげで、たいへん中身の充実した取材になりました。運転手のアリさんは、山岳地帯を車で走っていたときにテロに遭遇し、バスを降りて逃げてきた日本人をかくまって車で脱出する途中に、撃たれた経験も持つそうです。レストランで食事をしていたら、裕福な商人がボディガードを連れて入ってきて、ちらっと見るとみんなライフルを肩に掛けていたり。到着の前日に、陸軍基地のそばで爆弾テロが起きて、街中に兵士の姿を見かけましたが、みんなそんなことには慣れっこになっていて、人間はどんな環境にも慣れるんだなと、ある意味感心し、ある意味恐ろしくもなりました。日常のあり方が、パキスタンと日本ではだいぶ違うなあと実感しました。安濃が体験したいくつかのエピソードは、私の実体験です。雰囲気が小説に盛り込めていたらいいのですが。
――かの有名な戦中のスパイ養成機関「中野」も登場します。ネタバレになるので避けますが、読み終わった後、タイトルを読むだけで泣けてしまいます。
福田:中野学校にはとても興味があるので、まだまだこれから調べたいと思っています。
中野学校について語ると、私もネタバレになりそうなので、このくらいで(笑)。
――ところで福田さんは「現代日本を舞台に、痛快な冒険小説を書くこと」を目標にしていると伺いました。日本にこだわりを持つのはなぜですか?
福田:人生にいちばん大切なものは、「あこがれ」だと思っています。「あこがれ」は、人間を前に進める原動力です。スマホやネットが普及し、世界中のどんな場所でも写真や動画で見ることができますが、そのせいで強いあこがれがなくなりつつあるのではないかと寂しく思います。現代に生きる人間にしか書けない、夢みることができない、現代を舞台にした痛快な小説を書きたいです。それを読んだ方が、こんな冒険の旅に出てみようかとあこがれるくらいの。実は日本にこだわってはいなくて、「海外を舞台にすると売れないから、日本を舞台に書いてください」と言われるから日本を書いています。制約がなければ海外も書きます。むしろ海外のほうが、冒険の舞台になりやすいかもしれません。それで、『生還せよ』はシンガポールからパキスタンに飛ぶことになりました。
――最後に、福田さんが愛着のある冒険小説というジャンルの行く末について、どう思っていますか? ジャンルとして少し下火になってきたとも言われますが……。
福田:いやいや、そんなことはありません! 冒険小説は不滅ですよ! 私たちが心の底に、何が起きても折れずに立ち向かう強い心を持つ限り、冒険小説は永遠です。ひょっとするとこれからまたブームが来ませんかね? 来るといいなあという願望でしょうか(笑)。
▼福田和代『生還せよ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000218/
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February 23, 2020 at 10:01AM
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